自分とどんどん仲良くなる古民家暮らし
なんだかわたし最近、
古民家暮らしでまた自分と仲良くなってるぞ。
みなさんは自分と仲良くしてますか?
そんな久米島は現在台風のような雨で
「あの青空と青い海はどこへ?」と
「あぁー、明日草むしりしなくていいー
そして、水やりも神様代わりにありがとう」が
同時に存在するそんな感情の渦の中にいます。
おそらく島民の4割は同じ感情なはず🤣(嘘
さてさて、
わたしの自分と仲良くなった話ですが、
なんか新しい自分にいくつも気付きまして。
それをせっかくだから、紹介しようと思います。
①「ありがとう」を頻発するようになった
お皿洗いしてくれたら、ありがとう!
ごみ捨てしてくれたらありがとう!
トイレ掃除してくれたらありがとう!
なんか、
担当制でその曜日はるーみーの曜日だとしても、
やってくれたことに感謝しか湧かない。
「いや、仕事だから。決まりだから。」
って、やるのあたりまえだろ、
むしろ!やらなかったらいらいらするんですけど!
って思ってたいつかのわたしはどこかへ……
でも書いてて気付いた……。
これはわたしがされて気持ちよくて、
幸せになれて、して欲しいことなんだ!
実は最近、
よく結人舎のお手伝いをしていて、
そこでは褒めやありがとうが飛び交ってるの。
仕事したら「ありがとう」って言われて、
仕事終わりは「ありがとう」って言われる。
そんなところに長くいたら、
それが染み付いてくるのは自然なことかもしれない。
環境や一緒にいる人ってほんとに大事だわ。
その点、とっても恵まれている
わたしの4年目島暮らし。
②本人がいないときに本人の幸せや
ぷちHappyを想像して何かを整えるのが好き
例えば、何時頃帰るって知ってたら、
そのときジャストで
温かい料理が可愛く机に並んでるとか、
○○好きなんだよなぁって呟いてたら、
何も言わずに買い出しの時に買って、
それが出てくるとか、
ホテルとかでもなんでも立ち去る時、
来た時より綺麗にして帰るとか、
次に入ってきた人が
うわぁって気持ちいい空間にして帰るとか、
なんかそういうこと。
で、さっき発見したのは、
いない間にそうやって考えたり、
想ったりして1人で整えるのは好きだけど、
でも目の前に一緒にいたら、
全部分担して、というか、
力を合わせて一緒にやりたい。ってなる。
今日なんか、料理並べて、
調理の時使った道具を洗うのが面倒くさくて、
1回は放っておいたのに、
帰ってきてシンクちらみしたとき、
ピカピカのが気持ちいいだろうなって思って、
道具も洗ってシンクまで洗ったの。
なのに、帰ってきて食べ終わった
お皿をシンクに戻してくれたあと、
みんなが机から去ったら、
「え、洗ってよ。洗わないつもりなの?」
って声が自分の中を先にあがってきたよね。
そこは、
相手が心地いいんとかないのか、わたし?
おもてなしはここでは発揮されないのか、わたし?
ってなったよね。
で、とりあえず自分の感情はとっても大事だから、
素直にお願いして洗ってもらったら、
「うわぁ、ありがとう✨」ってなる、
幸せな日々ですな。笑
頑張りたいとこと頑張りたくないとこが
まだまだはっきりしてそうなわたし、
これからどんどん新しいとこに気付くのが楽しみだ😊
③明るすぎが苦手な私
照明の全照とか明るすぎて厳しい。
眩しいんだわ。
だから、部屋はいつも暗めで、
うちの電気が全力を出すことはほとんどない。
今まではあんまりそんな選択肢を
意識したことがなくて、
選べるってこともあんまり頭になくて、
『部屋は明るいものだ』が強かった。
でも、古民家って、
琉球古民家だけかわかんないけど、
縁側の屋根がしっかりしてて
日差しが入りにくくて、薄暗いんだよね。
そしたら、『薄暗いが日常』になって、
自分の日常も選べるってことに気づいた。
目の前にあった照明全部、
照度を変えられる機能はずっとあったのに、
気付かず、選んでなかっただけ。
なんかね、
まだまだあるんだけど、
もう満足したから一旦終わり。
人生は自分と仲良くなる時間。
わたしの人生は今日も
面白い方向に進んでいきそうです。🛶
じゃあそろそろ、
今日で4日目の毎晩勉強タイム、
22:00-23:30?(私の気が済むまで)の前に
自分に課した宿題をしなくては……!
今日は「グローバリズムと資本主義」について。
世界を色んな角度から捉えられるようになると、
自分の好きな世界をつくれるから楽しいよなぁ。
やっぱ今のところはとりあえず、
なんでもまず知って広げて狭めるタイプ。
今日も学びを積んでこよう📚